用語解説(オタク編)

アニメ「監督不行届」はフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません。が、登場するアニメ・特撮アイテムは実在のものと大いに関係があります。
ということで、本編に欠かせない、登場アイテムをここでおさらい!しっかり抑えて、目指すぞオタク四天王!!

最終話 愛とオタクの道の向こうに見えるもの

※1 【「…まことに遺憾であります」】

この敬礼は「ケロロ軍曹」のポーズであります。「ケロロ軍曹」は1999年より月間少年エース誌で連載されている吉崎観音のマンガで、アニメ化もされてるであります。ロンパースはケロロ軍曹が大好きで、つられて読んだカントクくんも一緒に心洗われているであります。

※2 【おたくのアイデンティティ】
ここに描かれているのは「新横浜ありな in アキハバラ」というタイトルのフィギュア。2004年9月に開かれたヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展の日本館の出展カタログに「オマケ」として付属したのもの。ランドセルを背負った巨大な女の子が秋葉原に出現… というシチュエーションのフィギュアが、世界各国の代表精鋭建築家が出展する国際建築展のオフィシャルグッズとなるほどに、オタク文化は浸透しつつあるのです。
※3 【オタク】
この言葉は、1983年にコラムニストの中森明夫が、同人誌即売会などに集まるマニアたちのことを「おたく」と呼称したことから生まれた。のちにオタクと称される人々の活動は、1970年代後半から顕在化していた。アニメや特撮、マンガといった「子供向け」とされていたメディアに高年齢のファンが注目するようになり、彼ら自身がそれらのメディアを積極的に支援したことが80年代のアニメやSFのブームの呼び水になった。彼らが互いに呼び合うとき、2人称に「おたく」という言葉を使っていたのがその所以である。元々この言葉は、山の手のハイソサエティなどが用いる相手(の家族)を指す尊敬語だったのだが、それを初期のSFファングループの間で二人称に使い始めたのがオタク界でも広がったものらしい。当時のSF作品に登場するハードボイルドなキャラクターが使っている例もあり、その影響もあったと思われる。当時、普通とはちょっと違う嗜好を持ったSFファン達は、自分たちがマイノリティである自覚を持ち、プライドとコンプレックスがないまぜの状態。話し相手に呼びかける言葉として「あなた」ではよそよそしいし「キミ」では馴れ馴れしい。そんなふうに感じるシャイな気持ちが、他者との距離を微妙においたニュアンスも込めつつ、ちょっと斜めの「おたく」という言葉を選ばせ、それが定着したのだろう。この初期のSFファン達が制作者として参加した「超時空要塞マクロス」(1982)では主人公が「おたく」を使っており、これがアニメファンに大きく影響したとの見解もある。後年の批判では「オタク」は人と話をしたがらない内向的な人種とされることが多かったが、そもそも「おたく」という二人称代名詞を自分たちのためにチューニングするほど、コミュニケーションを渇望していたのが「おたく」だったことは注目されるべきであろう。1980年代初めに、SFファン・アニメファン・特撮ファンとして自覚的に活動していたカントクくんたちは、最初に「おたく」と呼ばれた世代だ。「マニア」という言葉はそれ以前にもあったが、マニアは何か一つのことに興味を集中して掘り下げるというニュアンスがあり、アニメ、漫画、特撮、SFなどのサブカルチャーに広範な興味を共有して群れる連中を呼ぶ言葉はなかった。「オタク」という呼称は、かなりネガティブな語感をともなってはいたものの、自分たちを定義づける言葉がこの時に表れたことは事件だった。自虐的な気分が半分、他には理解不能だというエリート意識が半分だったが、オタクたち(二人称のオタクを使っていてもいなくても)にはそれがまさしく自分たちを示す言葉であることが認識できたのだ。すでに生まれていたが呼び名を持たなかった彼らに与えられた「オタク」という呼称は、彼ら自身の間であっという間に定着した。(そして、この「オタク」という呼称の定着とともに、二人称の「おたく」の使用は封じられた。「おたく」がオタク達のあいだでの二人称として広く優勢だったのは、ほんの数年間の事だということになる。)近年は、オタクもかなり市民権を得て「私じつは○○オタクなんだー」と明るく話せるようになったけれど、1990年代の中盤までのオタク達は、世間に対して“カミングアウト”することを少々憚っていた。しかし、1995年、膨大なオタク的ガジェットを詰め込みそれが話題となった「新世紀エヴァンゲリオン」の大ヒットにより、その流れが変わり始める。“オタク的”な作品が市民権を得たことからオタク達のカミングアウトが促されたワケで、カントクくんの功績は大なのではなかろうか。
※4 【Flashアニメ】
本アニメ「監督不行届」はFlashアニメという手法で制作されている。制作スタジオのDLEは「秘密結社 鷹の爪」など多くのFlashアニメのヒットで知られている。Flash(フラッシュ)とは、アドビシステム社が開発した主にインターネット上で動画を扱うための規格。Flashアニメは、このFlashの技術を用いて作られたアニメーションのこと。輪郭のハッキリしたキャラクターに比較的単純な動きをつけることに適している。通常の動画データは、色のついたドット(画素)の集まりとしての画像(ビットマップ)を一秒間につき24~30枚連続して表示することで動きを保存・再生している。しかし、Flashでは主に、線や面の形や位置を数値として保存する「ベクタ形式」の画像を扱っており、これらの図形をスクリプトで制御して動かしている。したがって、通常の動画よりも大幅にデータ容量を削減することができ、動画の制作においても一コマごとにすべての絵を描く必要がある従来のアニメーションに比べて大きく手間を省くことができる。ベクタ形式の画像データは、一度制作してしまうとその後の加工がたいへん簡単で、眼や口、手や足などの一部分をちょっと動かすことが少ない手まで可能である。また、拡大・縮小や回転・移動、複製を繰り返しても画像劣化がない。反面、大きくガラッと違う絵(別のアングルから見たキャラクターなど)を描く際にはこれらの優位点は発揮されず、従来のアニメと同様の手間がかかる。微妙なニュアンスの芝居や体全体を動かすアクションなど、従来のアニメの方が向いている表現もある。Flashアニメ作品に決まったキャラクターが決まったポーズやアングルでセリフ芝居をするものが多いのは、これらの特徴からくるものである。経験の少ない制作者が選択しやすい手法である一方で、タイミング・動きの修正、そのプレビューが簡単なことから、動きを重視する若手アニメータたちが制作ツールとして有効活用している事例も多い。これからも発展してゆく映像制作手法であろう。


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【協力】
株式会社フジカ/株式会社海洋堂

第拾弐話 この乙女野郎

※1 【乙と庚】

今回、占いでカントクくんとロンパースを表現する記号として登場した「乙」と「庚」という文字はいずれも“十干”に含まれる文字。乙は「きのと」、庚は「かのえ」とも読まれる。十干は十二支とあわせて年号や日にち、時間、方位、角度、順序などを示す記号となる文字として、中国など漢字文化圏で用いられている。今回のように卜占に用いられることも多い。十干は甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸の10種の文字からなり、十二支は子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の12種の文字からなる。十干は陰陽五行説による木、火、土、金、水のそれぞれの表裏表現と対応されることが多いが、起源は十干のほうが陰陽五行説よりも古い。また、十二支は鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪の動物と結び付けられるが、その根拠は諸説あって定かでないようだ。十干と十二支をそれぞれ循環させて得られる甲子~癸亥の組合せは60種となりこれが干支(えと)である。「甲子園球場」、各地に残る「庚申塚」、歴史に登場する「戊辰戦争」や「辛亥革命」などなど、干支にまつわる名称は数多い。60歳の長寿を「還暦」として祝うのはこの干支の一巡りに基づいている。

※2 【555のベルト】
「仮面ライダー555(ファイズ)」は2003年放送の平成仮面ライダーシリーズ4作目に登場する主役の仮面ライダー。ベルトのバックル(ファイズドライバー)に変身コードを打ち込んだ携帯電話「ファイズフォン」を装着することで変身する。仮面ライダーは代々「変身ベルト」が重要なアイテムとなっている。多くの仮面ライダー作品で、ベルトはライダーとなる主人公に強く紐付けられていて、他の人物が変身ベルトを用いることは少ない。しかし、本作では多くの登場人物がベルトによって変身可能とされていて、ベルトの争奪戦がドラマの核になるなど、「ベルト」と「変身」の関係が特に強調されていた。仮面ライダーの変身ベルトは1971年の第一作の時点から「なりきり玩具」の王様で、小さなお友達の憧れの的。ファイズでの携帯電話という身近なメカニックとベルトとの組み合わせによる変身アイテム(さらに付属のデジカメや懐中電灯などと合わせて「ファイズギア」と呼ばれる)は、カントクくんたち大きなお友達にとっても、かなりシビれるポイントだったようだ。変身の都度ベルトを腰にまわすアクションもカッコ良かった。しかし放送当時発売された玩具は、カントクくんが嘆いているように大人が装着するには少々小さく出来ており(当然です)、TVに登場するホンモノのサイズのベルトを熱望する大人気ない大人が続出していた。玩具メーカーのバンダイはそのニーズを受け、ついにサイズを大きくした“大人向け変身ベルトセット”「DXファイズギア」を発売。劇中同様に上着の上からでも装着できる余裕のサイズだった。カントクくんの熱い想いを知るバンダイさんからは、異なったルートで複数本のベルトが贈呈されたという。【変身アイテム】玩具としての「仮面ライダー変身ベルト」は、バンダイの系列会社であったポピーから発売された製品が「光る!まわる!」のキャッチコピーで当時380万個を売る大ヒット商品となり、その後のキャラクタービジネスに大きな影響を与えることになった。劇中の変身シーンを再現したギミックが子供たちが望む「なりきり感」を与え、一大ブームを築き上げたのだ。変身ヒーロー(ヒロイン)が変身の際のツールとして特定のアイテムを用いる演出は、「ウルトラマン」(1966)のベータカプセル、「ウルトラセブン」(1967)のウルトラアイをはじめ、枚挙にいとまがない。女児向けの作品においても、魔法の力で何でも望む姿に変身することができる「ひみつのアッコちゃん」(1969)の変身コンパクトが女の子たちの憧れの的となったのを皮切りに、いわゆる「魔法少女もの」や「変身ヒロイン」にはスティックやアクセサリ的な変身アイテムが必須となっている。仮面ライダー「2号」の登場とあわせて、変身の手順としての、“変身アイテム”、“変身ポーズ”、“掛け声(呪文)”の3つを揃えたことで仮面ライダーは、ごっこ遊びの対象として不動の地位を得た。ウルトラマンのシリーズでも「帰ってきたウルトラマン」(1971)では一旦変身アイテムを廃し、特定のポーズや掛け声も用いていなかったが、1973年の「ウルトラマンタロウ」ではこの3要素を取り入れ、その後の作品もそれに倣ったものが多くなっている。玩具ビジネスとしての側面も確かにあるが、その時々の流行をモチーフとして取り入れ、さらに作品世界を膨らませるガジェットとしての変身アイテムは、日本のアニメ・特撮を発展させる一要素だとも言えるだろう。
※3 【ED曲「ミミちゃんとパンダコパンダ」】
今回のエンディング曲は「ミミちゃんとパンダコパンダ」。第壱話でカントクくんがロンパースに勧めていたアニメ映画“パンコパ”こと「パンダコパンダ」の主題歌である。「パンダコパンダ」は1972年暮れに円谷プロの「怪獣大奮戦ダイゴロウ対ゴリアス」、東宝の「ゴジラ電撃大作戦」という2本の怪獣映画と一緒に東宝チャンピオンまつりの一本として劇場公開された34分の子供向け小品。一人暮らしをすることになった少女ミミ子のところに人間の言葉を話すパンダの親子パパンダとパンちゃんがやってくる、というファンタジックなお話が、アニメーションならではの楽しい動きのある作画で描かれる。原案・脚本・画面設計などを若き日の宮崎駿が担当し、高畑勲が監督(役職名としては演出)した名作。作画監督の大塚康生や小田部羊一はじめとする当時の名アニメーターも多数参加し、往年のアニメファンにとっては必見中の必見作品である。当時の製作背景として、同年、日中国交正常化の記念として中国政府から2頭のパンダ、カンカンとランランが贈られ、上野動物園で公開されたことから日本に“パンダブーム”が巻き起こっていた。作品の好評もあって続編の「パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻」がほぼ同じスタッフによって制作され、翌1973年春に公開されている。主題歌を歌っている水森亜土は歌手、イラストレーター、演劇、声優、作家とさまざまなジャンルで活躍するクリエイター。「ひみつのアッコちゃん」(1969)のエンディング主題歌「すきすきソング」や「Dr.スランプ アラレちゃん」(1981)の主題歌「ワイワイワールド」などアニメソングのヒットも多い。


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第拾壱話 おフロに入らなければ入らないほどやさしくなれる

※1 【三つ並んだ仮面ライダーのフィギュア】

いずれも、世の中にあまた発売された仮面ライダーのフィギュアの中でカントクくんの御眼鏡に適った逸品なのだろう。左側にあるのは、最初に展示を認められたサイクロン号を駆る仮面ライダー旧1号。フルカウリングのロードレーサータイプに跨る暗めの色調の旧1号は、カントクくんが最も愛するスタイルのライダー。右側で変身ポーズをとっているのは新1号。本郷猛が変身する仮面ライダー1号は、シリーズ途中で海外に渡ったとして物語からは一度姿を消したが、その後カラーリングを明るくメリハリのあるものに一新、新たな変身ポーズとともに「新1号」として再登場した。サイクロン号もこのフィギュアにも見られるように新しいデザインとなっている。そこに追加された3体目のライダーフィギュアは仮面ライダー2号かと思いきや、やはり「旧1号」。好きなんですね1号が・・・。

※2 【銀河疾風サスライガー/銀河旋風ブライガー】
今はなき国際映画社の無国籍SFアクションアニメ。西部劇風の「銀河旋風ブライガー」(1981)、新撰組風の「銀河烈風バクシンガー」(1982)、ギャング映画風の「銀河疾風サスライガー」(1983)で、「J9シリーズ」と呼ばれる3部作を構成する。それそれのオープニングは、曲のカッコ良さもさることながら、本編をはるかに凌駕する派手なアクションのアニメで有名。特にロンパースも好きだという「ブライガー」のオープニングは、名アニメーター金田伊功の作画によって、構図・アクション・エフェクトなどが際立ったロボットアニメオープニングの金字塔と言える作品である。これらのシリーズの音楽は、主題歌も含めて山本正之が作曲を担当、シビレるカッコ良さです。ロンパースの好きなアニソンは、山本正之率が高いですね。
※3 【ザブングル】
「戦闘メカ ザブングル」は1982年放映、富野由悠季監督のロボットアニメ。西部劇的な埃っぽい世界観のなかで、土木機械に近いロボット、ウォーカーマシンを駆って暴れまわる。「機動戦士ガンダム」「伝説巨神イデオン」に続く富野由悠季監督作品だが、作風は前2作のシリアスな作風から大きく変化し、ひたすら陽気でアクティブな登場人物たちが、明るく乾いた世界の中で活躍する。
※4 【ブルメ】
「戦闘メカ ザブングル」の登場キャラクターの一人。主人公が身を寄せる強盗団「サンドラッド」ナンバー2のクールな少年。背の低さがちょっと引け目。女リーダーのラグに惚れているものの、皮肉屋で斜 に構えた性格が災いして、なかなか素直になれない。青い髪の毛を纏めたヘアバンドがトレードマーク。声は古川登志夫。
※5 【ゴッドマーズ】
「六神合体ゴッドマーズ」は1981年放映のTVアニメ。ロボットものながら、美形キャラに魅かれた女性ファンから高く支持され、その人気を受けて劇場版や新作オリジナルアニメも製作された。原作は横山光輝のSFマンガ「マーズ」であるが、この原作には合体ロボットは登場せずストーリーや登場人物も大きく異なっている。
※6 【マーグ】
「六神合体ゴッドマーズ」の主人公マーズの生き別れの双子の兄。ギシン星人で、悪の皇帝ズールに操られ、実の弟と悲劇的な戦いを繰り広げる。弟のマーズは黒髪だが、マーグの髪は緑色。女性ファンの人気は圧倒的にこの兄に集中した。TV放映終了後に製作されたオリジナルアニメ「六神合体ゴッドマーズ 十七歳の伝説」は、マーグの哀しい生き様に焦点をあてた作品となっている。声は三ツ矢雄二。
※7 【ガルマ】
ガルマ・ザビは「機動戦士ガンダム」登場の敵ジオン軍大佐にしてジオン国公王デギン・ザビの四男。謀略うずまくザビ家の中にあってただひとり一途な愛国心と父公王への愛情を抱く若者だったが、親友と信じていたシャアの謀略により、登場5話目にして戦死させられる。育ちの良さがにじむ大甘のおぼっちゃまで、シャアは彼の死の理由を「坊やだからさ」と評した。額にかかる紫色の前髪を指でクルクルいじるのが癖。声は森功至。
※8 【「若さゆえのあやまち」】
「機動戦士ガンダム」敵ジオン軍少佐“赤い彗星”ことシャア・アズナブルの数ある名セリフのひとつ。予期せぬガンダムの出現に配下のモビルスーツ2機を失ったシャアはこう呟く。「認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものを・・・」自信にあふれた完璧主義者のシャアが、自分の失敗を“若い”と評してみせる視点。そして、それを“認めたくない”という虚勢をも自嘲する。シャアというキャラクターを深く印象づけるこの名台詞が第一話のラスト。ガンダム、すごいですね・・・。オタクの皆さんはたくさんの「若さゆえのあやまち」を抱えているケースが多く、要注意です。
※9 【「科学忍者隊ガッチャマン」の切手】
「科学技術とアニメーション」というテーマで、2003年12月から毎月2種類の記念切手シートが発行されていた。第一弾は当然のごとく「鉄腕アトム」。「科学忍者隊ガッチャマン」は2004年3月にシリーズ第4弾として発行された。なお、近年のキャラクター商品として多く販売されている「フレーム切手」は、中心部に余白のある枠状にデザインされた切手のシートとして発行されているものに、その「余白」にキャラクターなどの絵柄を後から印刷して商品としたもの。絵柄が切手として認められたものではない。が、このガッチャマンなどの「記念切手」はもちろんキャラクターの入った絵柄そのものが国際的にも「切手」として認識されるものである。カントクくんの作品「新世紀エヴァンゲリオン」も2006年にはこの継続企画「アニメーションヒーロー&ヒロイン」で記念切手になりました!


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第拾話 エコロジーです

※1 【番組タイトル】

黒バックに太い明朝体の文字を配したデザインは、カントクくんのアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の各話タイトルが原典。「第壱話」「第弐話」と旧漢字による話数表記も同作品を踏襲している。もっとも、文字を曲げて配置するタイポグラフィー的な手法はカントクくんの発明ではなく、映画「女王蜂」などのクレジットに見られる市川崑監督の手法を引用したものらしい。エヴァンゲリオンでは、映画ポスター、ビデオソフトのジャケットなどでも、明朝体の文字を様々なパターンで配置するデザインが多く使われている。文字の配置にバリエーションを持たせるだけでなく、一文字ごとに文字の大きさや縦横の比率もダイナミックに変化をつけ、情報を圧縮してみせたのはカントクくんの秀でた演出だったといえよう。エヴァンゲリオンのヒットにともなって、様々なメディアでこの手法が広まり、NHKのニューステロップにまで使われるなど、90年代後半に非常に多くの模倣を呼んだ。(しかしエヴァンゲリオン自身は、近年の「新劇場版」では、もうこの表現は使ってはいない。)本アニメでは、原作のコミックと同じように各話に「第○話」とナンバリングされているが、実は原作コミックとアニメでは話数の番号は食い違っていて、アニメ制作に置いては「第○話」だけでは原作の話数なのかアニメの話数なのか判別しにくく、少なからぬ混乱を招いてしまった。各話に付けられたサブタイトル(例えばこの第拾話では「エコロジーです」)によってアニメと原作コミックで異なる話数の番号の混乱を回避できているかというと・・・完成直前までサブタイトルが決まらないことも多く、制作時点での区別の役にはあまり役立っていない様子。

※2 【明朝体フォント】
このタイトル文字に使われているのは「明朝体」と呼ばれる書体。跳ねや止めにメリハリを効かせ、ストロークの端を強調した書体で、縦横の線の太さに違いを持たせているのも特徴。線の太さが均等な「ゴシック体」と並んで、日本語の印刷や表示において標準的な書体のひとつである。「明朝体」のフォントも様々なフォントメーカーによってたくさんの明朝体系のフォントが開発されていて、それぞれ特徴を持っている。・・・のだが、一般の方々にはなかなかその微妙な違いは判別が難しいところであろう。ここで使われているのは、フォントワークス社の「マティスEB」というフォント製品。「マティス」は同社の明朝体フォント製品のシリーズ名で、EBすなわちExtraBoldは“とても太い”の意味。このフォントは、数ある明朝体のフォントの中からカントクくん自身が最も気に入ったものを選んだもので、「新世紀エヴァンゲリオン」ではサブタイトルや劇中のテロップでも多用された。「エヴァンゲリオン」製作時には、まだパソコンで作った画像(文字)をアニメに利用することは一般的ではなく、アニメの作中で“文字をカッコよく使う”という点でも同作品はエポックを築いた。近年はアニメ制作のデジタル化が進み、多くの作品でパソコンを利用して劇中やタイトルにフォントデータによる文字を使うケースが多いが、アニメスタジオで使われるフォントで大きなシェアを誇るのが、前述のフォントワークス社。様々なアニメのエンドクレジットでも同社がクレジットされることが増えているので、気になる方はご確認ください。結構よく見る名前になってきました。「エヴァンゲリオン」に自社のフォントが使われているのを発見した同社の営業マン(オタク)が、これはいける!とアニメ業界に売り込みをかけたのが功を奏した様子です。なお、「明朝体」は中国の明王朝時代に成立したと言われる書体なので、その名称で呼ばれている。
※3 【一カ月くらい風呂に入らなくても・・・】
MachintoshやiPhoneで知られる米国のApple社の創業者スティーブ・ジョブズもあまりお風呂に入らなかったそうですね。ジョブズもカントクくんと同じく、肉や魚を食べなかったそうです。菜食をしているとお風呂に入らなくても平気だということなのでしょうか。(<違う。)
※4 【アパートの風呂は壊れて・・・】
当時カントクくんが住んでいたアパートは、会社まで徒歩30秒という便利さだけで選んだ、鉄筋コンクリートながら築40年近いおんぼろアパート。排水パイプが腐食して破損していて、3階のカントクくんがお風呂を使うと、2階の部屋で洪水が起きるのでした。配管屋さんには修復不可能と匙を投げられました。結婚後、このアパートはそのまま仕事場兼物置として借りつづけていたのですが、今度は猛烈な雨漏りで、大事な資料本が大量に水をかぶるという被害も受けました。
※5 【首タオル】
常に首に引っかけたタオルは当時のカントクくんのトレードマーク。(多くの同業界人にも共通するスタイルでもあるのですが・・・)首タオルは夏は日よけや汗拭きに、冬は防寒にも役立つ万能アイテムです。
※6 【くつ下も取り替えるように・・・】
くつ下を履き替えるという以前に、そもそもくつ下を履くようになったこと自体がカントクくん的には大事件。結婚前は寒い冬でも裸足にサンダル履きで過ごしていました。ロンパースの苦労がしのばれます。
※7 【夫婦は似てくると申します】
お互いに影響を及ぼしあうのが夫婦というもの。オタクの素養があったと思しきロンパースのオタク化がカントクくんの影響でどんどん進むその一方で、カントクくんもずいぶんとフツーの人間としての生活になじんだようです。靴も履き、服も着替え、散髪も髭のトリミングもして、たまには?お風呂にも入る。結婚前のカントクくんを知る人々は皆、「ああ、結婚って人を変えるものなんだなぁ」としみじみ感動するのでした。


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株式会社創通/株式会社サンライズ

第九話 ウルトラマンになった男

※1 【私がウルトラマンだった頃】
2004年2月角川書店刊行の特撮ファン向け雑誌「特撮エース」第1号に掲載されたインタビュー記事。カントクくんがウルトラマンへの愛を熱く語っています。
※2 【自主制作映画】
1980年代初頭は、アニメや特撮番組を浴びるように観て育ったカントクくん達の年齢層が大学生となり、ヒマとエネルギーを持て余していた時代だった。アニメファン、特撮ファンであることを自覚し始めた彼らは、それらを鑑賞するだけでは飽き足らず、アマチュアによる自主制作のアニメや特撮が多く制作された。家庭用ビデオが普及しはじめたばかりで、ビデオカメラはまだ高価で手が届かなかった時期である。撮影は8mmフィルムで行われた。フィルム代と現像費だけでも結構な費用が掛かるのだか、そんな制作費は持ち寄り、スタッフも手弁当のボランティアである。作られる内容は、自分達が好きな既存のヒーローもののパロディ作品が多かった。もちろん、数分を超える“大作”を作る製作力(すなわち、資金・機材・時間・人材)をそなえたグループは少なかったし、企画された作品には完成に到らないものも多かった。また、完成しても他人様にお見せできるクオリティに達するものはとても珍しかったのだけど・・・。それでもこの時期に自主制作を経験した者の中からは、著名な映画人も排出されている。この時代のアニメファン、特撮ファン、SFファン達はとにかく活動的だったのだ。カントクくん達の「帰ってきたウルトラマン」は制作に半年以上を費やして1983年に完成した大作。カントクくんが大学の課題として制作・提出した小品「ウルトラマン」をグレードアップした作品だ。宇宙怪獣の侵略、父親と息子のドラマ、地球人になり切れないウルトラマンの孤独、等々、様々な要素を盛り込んだ重厚なストーリー。ほとんどを紙細工で作ったミニチュアによる市街戦、怪獣を迎え撃つMATメカの数々、そして凝りに凝ったカメラワークと特撮。さらに、どうやって仕入れたのか知らないが、火薬を使った大爆発まで、あらゆる点でアマチュアの常識をくつがえした作品である。たいへんリアルに作り込まれた物語と映像だが、そのクライマックスで登場するのが「カントクくんが素顔で演じるウルトラマン」。まさに一発芸の“自主映画ならではの作品”とも言えるだろう。50名を超える学生スタッフたちの血と汗と涙の結晶でもある。完成後は全国各地で上映会を開催し、好評を得た。製作時にはもちろん、本家版元の許可などもらってはいなかったが、2001年、円谷プロのご厚意で正式な許諾を受け、アマチュア作品としては非常に珍しいDVDが販売された。
※3 【ウルトラアイ】
変身用メガネ「ウルトラアイ」を使って変身するのは本来「ウルトラマン」ではなく「ウルトラセブン」である。「ウルトラマン」では『ベーターカプセル』という筒状の変身アイテムが使われるし、「帰ってきたウルトラマン」(オリジナル作品)ではそもそも変身アイテム自体が存在しない。カントクくんが自主制作した「ウルトラマン」では、素顔でウルトラマンを演じるカントクくん自身が度の強いメガネをかけている(メガネを外したら前が見えなくて撮影どころではない)ことを逆手にとり、あえて「セブン」に登場したウルトラアイを変身アイテムとして採用している。
※4 【帰ってきたウルトラマン】
円谷プロによるオリジナルの「帰ってきたウルトラマン」は1971年放映の特撮ヒーローシリーズ。「帰ってきた」とはいうものの、1966年の前作「ウルトラマン」(ファンは“初代マン”と呼称)とは元々ストーリー的なつながりは無く、独立した新作である。ファンタジー的な要素も多かった前作に比べて、防衛組織MATの描写などリアリティが重視された。ウルトラマンは前作(初代マン)と近い姿をしているが、 体の模様の赤いラインが2重線になっているのが外見的な特徴。
※5 【MAT】
「帰ってきたウルトラマン」に登場する地球防衛組織。Monster Attack Team(すなわち怪獣攻撃隊)の略称。6名のエリートからなる少数精鋭で怪獣退治に従事している。東京湾の海底に秘密基地を有し、マットアロー、マットジャイロなどの兵器で怪獣を撃退する。オレンジ色を基調としたシンプルなデザインの隊員服がカッコいい。
※6 【岸田隊員】
MATを構成する6名の隊員の一人。軍人の家系に生まれたエリートで、叔父はMATの上位組織の長官という設定。主役で直情径行の郷隊員(ウルトラマン)とぶつかることが多いが正義感は強い。演じる西田健は、時代劇や刑事ドラマに出演が多い二枚目俳優。
※7 【戦え!ウルトラマン】
今回のED曲「戦え!ウルトラマン」は「帰ってきたウルトラマン」の主題歌候補として制作された曲。実際には一度も使われなかった、いわゆるNG主題歌である。採用された曲と同じく、作詞・東京一、作曲・すぎやまこういち、番組で主役を演じた団次郎(現・団時朗)が歌っている。もともと知る人の少ない曲だったが、のちにウルトラマンの音楽集(レコード)に収録されたことで特撮ファンの注目を集めることになった。今回のお話に出てくるカントクくんの自主制作映画「帰ってきたウルトラマン」ではこちらの「戦え!ウルトラマン」曲を主題歌として採用した。


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第八話 「なんか」じゃねえ

※1 【「この物語は・・・」】
本作冒頭のこの断り書きは、1972放映の特撮ヒーロー番組「超人バロム・1(ワン)」以降、多くのTVドラマで表示されている。物語に登場する悪役と同じ名前のドイツ人の少年が学校でイジメられることを懸念した両親が放送局に抗議、その要請により、番組の冒頭で登場人物の名前は実在の人物と無関係であることを示すテロップが表示されることとなった。これ以前の番組にも同様のテロップの例はあるが、「バロム・1」の事件は新聞等でも広く報道され、その後の多くの作品がこの事例に倣うこととなった。
※2 【変身ポーズ】
このカントクくんのポーズは「仮面ライダーファイズ」の変身ポーズ。この携帯電話を頭上高くかざしたカントクくんのポーズは、変身ツールである携帯電話をベルトのバックルにはめ込む直前のもの。カントクくんは普段の生活でも、よく仮面ライダーの変身ポーズやウルトラマンのファイティングポーズをとります。感情の高まりを身体で表現しているものと推察されます。ポーズをともなった“変身”を流行させたのは、言わずと知れた「仮面ライダー」(1971年~)である。しかし番組の初期、仮面ライダー旧1号の変身シーンには「変身!」の掛け声も、変身ポーズもない。「ヘンシン!」の掛け声とともに変身ポー ズが取られたのは、仮面ライダー2号の初登場シーン。仮面ライダー1号だった本郷猛に変わって登場した一文字隼人が、オロンパースヤジさんこと立花藤兵衛の前で変身ベルトを開き、特徴的なファイティングポーズを変身のための“手順”として披露した。このポーズと掛け声によって仮面ライダーは強力な様式美と、子供たちの絶大な支持を得ることになる。ヒーローにあこがれる子供たちは、変身の手順が明確になったことによって、「このポーズをとれば、ボクもヒーローになれる!」というリアリティを手に入れ、そしてより深くヒーローごっこに没入できるようになったのだ。“大発明”ともいえる変身ポーズは、その後ほとんどの変身ヒーローが取り入れてゆくことになる。また、このことは男の子向けのヒーロー番組にとどまらず、女の子向けのいわゆる魔女っ子ものにも影響を及ぼしていることも見逃せない現象である。しかしながら、アメリカンコミックを源流とする米国のヒーローには、この変身ポーズを採用する作品はきわめて少ない。(そもそも、日本のヒーローに普遍的な「変身」という概念自体が米国のヒーローには希薄で、もともと能力を持っている超人が正体を隠して活躍するための手段としてコスチュームを身にまとうケースが多い。)変身後の「名乗り」や「見得切り」、あるいは必殺技をくりだす際に技の名前を叫ぶことなども含めて、歌舞伎や時代劇などから派生した日本特有の文化なのかもしれない。
※3 【仮面ライダーファイズのベルト】
カントクくんがロンパースに「痩せないと入らないよ」と脅されているのは「仮面ライダーファイズ」の変身ベルト。バンダイから発売されたこのベルトは、当然のことながら子供向けのサイズ。肥満体型の成人、すなわちカントクくんには装着が困難である。変身ベルトもまたヒーローになりきるための重要なアイテムであり、このベルトをつけることのできたロンパースをカントクくんは心底うらやましく思ったそうです。ロンパースがカントクくんを痩せさせるための動機づけとしてベルトを使っているのは、きわめて有効な事だと思われます。
※4 【ロミオの青い空】
1995年、世界名作劇場として放映されたTVアニメシリーズ。制作は日本アニメーション。イタリアのミラノを舞台に、家族のために自らを人買いに売って、煙突掃除夫となったロミオの成長の物語。掃除夫仲間たちの団結や友情が生き生きと描かれる。親友アルフレドとの別れに涙した女性ファンは数知れず。
※5 【超少女明日香】
和田慎二によるSFアクション少女漫画シリーズ。1975年に連載が開始され、掲載誌を変えながら長期にわたって関係作品が発表された。普段は有能だがイマイチ冴えない風貌のお手伝いさん、砂姫明日香が超能力の美少女に変身し、大自然の守護者として活躍する。男性マンガ家の描く少女漫画はどこかリリカルで、カントクくんの心の琴線に響くのでしょう。
※6 【ED曲「ゲッターロボ!」】
本曲「ゲッターロボ!」を主題歌とする「ゲッターロボ」は永井豪と石川賢による漫画を原作としたロボットアニメ。1974年に放送された。3機の戦闘機が合体して巨大ロボットとなるが、その3機の合体順の組み合わせによってゲッター1~ゲッター3の3種のロボットに変形することが出来る。その後一世を風靡する「合体・変形ロボットの元祖的作品である。この主題歌の、いきなり「ガン!ガン!ガン!ガン!」と強烈な擬音語の連続から始まる歌詞は、漫画原作者の永井豪自身の作詞によるもの。この歌詞が時代劇やアクションドラマに数多くの音楽を提供してきた作曲家・菊池俊輔によって、ブラスとドラムスのパンチの利いた「これぞロボットアニメ!」という主題歌となった。張りのある豊かな声量で歌うのは、かつて和製プレスリーの異名も取ったロカビリー歌手出身のささきいさお。ささきはアニメソング歌手として はゲッターロボの半年前にデビューしたばかりだったが、さらに半年後(アニメデビューの1年後)には「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌を担当し、その後の大ヒットで押しも押されぬアニメソングの第一人者となった。この主題歌「ゲッターロボ!」は、おおらかで勢いのあるオープニング映像とともに、往年のアニメファンに深く愛されており、ロボットアニメの主題歌を語るうえで欠かすことのできない愛唱歌のひとつである。


(c)石森プロ・東映 (c)タイガーマスク/梶原一騎・辻なおき/講談社
【協力】
日本アニメーション株式会社

第七話 バトルジャパーン ウォー!!!!!!

※1 【ドライブ】
カントクくんは18歳で自動車免許を取りましたが、20年間以上ペーパードライバーでした。結婚を期に友人からフェアレディZ(91年型32Z)を安く譲り受け、車の運転を始めました。周囲は「え、あのカントクが運転を?事故らないといいけど・・・」と危ぶむ声も聞こえましたが、意外と運転上手なんだそうです。以来結構ドライブ好きで、会社へも車で通勤していました。アニソン歌って運転すれば、長距離 ドライブだって苦にならない!
※2 【東映特撮Ⅱ】
「東映」は仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズなど、等身大のヒーロー番組を多数製作している映画会社。当然その主題歌もカントクくん好みのノリの良い曲が多い。カントクくんは作品の制作会社ごとにCDを編集しているものと思われる。Ⅱはバージョン2のこと。カントクくんは新しいCDを買い込むたびに、曲のセレクトを変えてバージョンアップしたマイCDを制作していたもよう。
※3 【1枚に80分アニソンが入ったCD】
この当時、iPodなどの携帯プレーヤーはまだ普及しておらず、車で音楽を聴くにはカーステレオでCDをかけるのが一般的だった。購入したままのCDを車に持ち込むのが普通だったが、一部の好事家はパソコンで自分の好きな曲を編纂してCD-Rを焼き、マイCDを作っていた。1枚のCDの収録時間は最大で約80分、アニメや特撮の主題歌だと20曲ほど。もちろんその選曲は制作者の感性が問われる重大事となる。ちなみに、カントクくんはそれ以前はワープロ(専用機)があれば充分だと言ってパソコンの効能をあまり認めていなかった。しかし、パソコンがあればマイCDを編集できることを知って以来、それまで愛用していたワープロ専用機を捨ててノートパソコンを使うようになったとか。それ以来、CD-Rの容量ギリギリまで好きな曲を詰め込んで、愛車のCDチェンジャーにフルロードしていました。今ではiPodに数千曲のアニソンが詰まっていることと推察されます。
※4 【バトルフィーバーJ】
1979年放映のスーパー戦隊シリーズ第3作。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、ユーラシア、アメリカを代表する5人の戦士がチームを組み、原始科学を信奉する悪の秘密集団「エゴス」に立ち向かう。それぞれが得意とするダンスを取り入れた戦い方が特徴的。番組名の由来は、前年のダンス映画「サタデーナイトフィーバー」のヒットによる流行語“フィーバー”から。スーパー戦隊シリーズで初めて巨大ロボットが登場するなど、スーパー戦隊としてのフォーマットが確立した作品でもある。主題歌は、挿入される5人それぞれのかけ声が勇ましい。
※5 【「アバアバアバアバレンジャー」】
二人が外苑西通りを走りながら合唱しているのは2003年放送のスーパー戦隊シリーズ第27作「爆竜戦隊アバレンジャー」のエンディング曲「僕らはひとつ」。番組ではバックで敵の戦闘員が楽しそうにダンス しているくらい、ノリの良い楽しい曲です。
※6 【「合身 GO」】
広尾の駐車場で歌っているのは、1981年放映の巨大ロボットアニメ「戦国魔神ゴーショーグン」の主題歌「ゴーショーグン発進せよ」。敵方美形キャラに魅かれた女性ファンの支持が高い作品で、劇場版やOVAも制作された。
※7 【ソルジャー・イン・ザ・スペース】
カントクくんがロンパースとの会話をぶっちぎって歌い始めた曲は1980年放映の特撮SF人形劇シリーズ「Xボンバー」の主題歌「ソルジャー・イン・ザ・スペース」。原作は「デビルマン」「マジンガーZ」の永井豪。宇宙戦艦Xボンバーと、巨大合体ロボット・ビッグダイエックスが、宇宙征服を企むゲルマ帝国の魔手から地球を守る。日本での本格的な特撮人形劇として唯一無二の存在で、マニア限定の人気が根強い。シャウト系主題歌のサビが英語なのは、当時の流行。
※8 【科学忍者隊ガッチャマン】
「科学忍者隊ガッチャマン」は1972年から2年間にわたって放映された、タツノコプロ製作のSFアクションアニメ。肉弾戦のアクションやメカニック同士の戦闘シーンの作画密度もさることながら、長いシリーズを通して徐々に描かれる主人公たちの人物像も好評で、続編も制作される人気番組となった。5人で構成された集団ヒーローという点で、のちのスーパー戦隊などにも強い影響を与えている。カントクくんが車でかけっぱなしにしていた主題歌「ガッチャマンの歌」を歌うのは、のちに「およげ!たいやきくん」を大ヒットさせる子門真人。数多くのアニメ・特撮の主題歌を歌った子門だが、その一風変わった独特な発声・歌い方は、往年のファンの語り草である。なお、本作「監督不行届」では、カントクくん役の声優・山寺宏一さんに劇中の曲も歌ってもらっている。「ガッチャマン」を歌った際には、スタッフからの指示を待たずに見事な「子門節」を披露、その再現度の高さで周囲を唸らせたそうです。
※9 【ED曲「マッハバロン」】
今回のエンディング曲は1974年放送の特撮番組「スーパーロボット マッハバロン」の主題歌。世界征服の野心を抱く悪の天才ララーシュタイン博士が操る巨大ロボット軍団を相手に戦う深紅のスーパーロボット・マッハバロンの活躍を描く。このパンチの利いた主題歌は、カントクくんによると「ハードロックの代名詞」だそうですが・・・、カントクくん、ロックにはあまり詳しくないんだと思います。


(c)東映 (c)タツノコプロ
【協力】
株式会社プロダクション リード

第六話 ビスケットはありますか

※1 【忍風戦隊ハリケンジャー】
東映の「スーパー戦隊」と呼ばれる特撮TVシリーズの第26作目。2002年放映。3~5人の集団ヒーローが、悪の組織から地球を守るというフォーマットのこのスーパー戦隊シリーズは、1975年の「秘密戦隊ゴレンジャー」からもう40年近く続いている。毎年2月頃から翌年1月ごろまでが放映時期なので、必然的に物語のクライマックスがクリスマス~お正月のあたり。クリスマス・お正月商戦には最終強化形態の合体ロボットが玩具売場を飾ることになる。毎年のシリーズ毎にモチーフやテーマを変えて、その年ごとの流行を取り入れ、子供たちの興味を引く趣向が凝らされている。また、1年という期間をかけてキャラクターを練り上げてゆくだけあって、単なる子供向け番組と侮れない奥の深いドラマが展開する。年々ダイナミックさを増すアクションやカメラワークに注目するもよし、若手俳優の登竜門としてお目当ての新人の成長を愛でるもよし、毎年趣向を凝らした武器やロボットのガジェットに新機軸を見るもよし。実に様々な楽しみ方のできるシリーズだと言える。「忍風戦隊ハリケンジャー」はタイトルからも判るとおりモチーフは「忍者」。3人の落ちこぼれ忍者が、伝説の力を得てハリケンジャーとなり、宇宙忍群ジャカンジャを迎え撃つ。コメディを適度に挟みつつ、未熟だったメンバーが徐々に成長する姿が気持ちよい。ライバルの二人組「ゴウライジャー」や、謎の戦士「シュリケンジャー」との共闘もエキサイティング。
※2 【百獣戦隊ガオレンジャー】
「百獣戦隊ガオレンジャー」は2001年放映のスーパー戦隊シリーズ第25作。パワーアニマルという大地の精霊である超動物たちに選ばれた戦士が、地球環境を蝕む鬼・オルグと戦う。動物をモチーフとしたスーパー戦隊は多いが、本作はライオン・鷲・鮫・バイソン・白虎をモチーフとした5人組。(のちに銀狼が参戦)前作「未来戦隊タイムレンジャー」がタイムパラドックスを扱うなど年少者には少々難解なストーリーに対し、本作は原点回帰した明快なストーリーが好評。視聴率、関連商品売り上げともに好成績を残した。
※3 【爆竜戦隊アバレンジャー】
「爆竜戦隊アバレンジャー」は2003年放映のスーパー戦隊シリーズ第27作。もうひとつの地球「ダイノアース」では恐竜が絶滅せずに進化を続け「爆竜」となっていた。爆竜によって選ばれ、力を与えられた3人の地球人(のち1人のダイノアース人も参戦)が、アバレンジャーとなり、侵略者エヴォリアンと戦う。恐竜のダイナミックさを前面に押し出したアクションは見どころ。幼い姪っ子を育てている主人公や、敵同士になってしまった恋人など、家族や恋人といった人間同士の関係性に重きを置いたドラマづくりがなされた作品としても評価が高い。
※4 【足かけ3年】
戦隊ものは毎年、年始から年末にかけてのきっちり1年放映するので、年数を数えるのに便利です。例:「ええと、あれはタイムレンジャーの年だったから2000年の夏でしたね」「ターボレンジャーファンだった先輩は、ダイレンジャーにハマってた僕より、だいたい5歳年上ですよね?
※5 【戦えナム】
1976年からマンガ少年に連載されたジョージ秋山のマンガ。弟子を伴って旅を続ける僧侶ナムは、人としてのあり方を常に探り続ける。戦いの虚しさを説きつつも、悟りをひらけない己の未熟さゆえ、悪人は救済できずに殺人拳を ふるってしまう・・・。ジョージ秋山のマンガはどの作品もその哲学にシビれます。
※6 【教祖タカハシ】
1990年より週刊ポスト誌に連載されたジョージ秋山のマンガ。会社でも家庭でもつまはじきにされている中年サラリーマンが、怪しげな教祖タカハシに導かれ、救済されていく、というお話。ロンパースが踊っている「雁の舞」は、タカハシの教える呼吸法(のようなもの)で「楽しいなぁ愉快だなぁ」とイメージしながらひたすら繰り返すことで、健康を取り戻し悟りに近づける・・・らしい。
※7 【「ああ なんてステキなの マシュウ!」】
「赤毛のアン」は1979年放映のTVアニメ。ルーシー・モード・モンゴメリの原作小説をさらに 掘り下げた高畑勲の演出と、それを支えた故・近藤喜文のキャラクター造形が素晴らしい。シリーズ初盤には宮崎駿も画面構成として参加し、クオリティの高い絵作りの基礎を担った。孤児のアン・シャーリーを引き取ったカスバート老兄妹の兄マシュウは無口で朴訥な人柄。アンの夢見がちな会話に振り回されながらも、いつも「そうさのう」と優しいリアクションを返します。
※8 【ED曲「聞こえるかしら」】
今回のエンディング曲はアニメ「赤毛のアン」のオープニング主題歌。原曲では童謡歌手でもあった大和田りつこの澄んだ歌声が印象的だった。映像に派手さはないが、背景動画や複雑なカメラワークも駆使したダイナミックな作画、美しく繊細な美術で、空飛ぶ馬車を駆るアンを描いている。登場するキャラクターは、一頭の馬と、車輪と車軸だけの馬車、そしてアンのみ。なんとたった6カットで春夏秋冬の四季を駆け抜ける、ファンタジックな名作オープニングとなっている。


(c)東映
【協力】
株式会社小学館/株式会社朝日新聞社/日本アニメーション株式会社

第伍話 熱さまシート

※1 【熱さまシート】
1994年に日本初の額用冷却ジェルシートとして小林製薬から発売された製品。冷却ジェルシートは不織布と高分子ゲルの含水ジェルを組み合わせた構造で、ジェルに含まれた水分が蒸発することで気化熱を奪い、体表の温度を下げる仕組み。湿り気を持ったジェルを皮膚に密着することによって装着する。昔ながらの熱さましに使われていた濡れタオルや氷嚢にくらべて軽く、ずれることもないので、起き上がっての活動にも制約が少ない。そのため、病気による発熱時だけでなく、普段使いのリフレッシュアイテムとしても好評を博し、大ヒット商品となった。暑さ対策グッズとして夏季の売り上げが冬季のそれを上回る。現在でも各社から多数発売されている同種商品の中で「熱さまシート」のブランドは市場シェア5割を超える人気を誇っている。
※2 【ハウス劇場の主人公みたいに「やさしい」】
『ハウス劇場』とロンパースが呼んでいるのは、フジテレビ系列で日曜夜7時半、多くの名作アニメが放送されていた番組枠のこと。番組提供スポンサーの名前からそう呼ばれていた。この番組枠では、1969年の「ムーミン」から1997年の「家なき子レミ」まで28年間にわたって放送された28作品のほとんどが世界の名作児童文学を原作としている。そのため、主人公たちは男女を問わず優等生的に優しく思いやり深い少年少女として描かれている。熱に浮かされたロンパースには優しいカントクくんの姿にその主人公たちの姿がダブったのだろう。初期の数作品は制作会社も数社が入れ替わっていたが、1975年の「フランダースの犬」以降は一貫して日本アニメーションが制作を担当している。多くの有名アニメーション作家が参加しているが、高畑勲・宮崎駿がタッグを組んだ「アルプスの少女ハイジ(1974)」「母をたずねて三千里(1976)」「赤毛のアン(1979)」などは特にオールドファンの人気が高い。ちなみにハウス食品を単独スポンサーとしていた『ハウス食品世界名作劇場』は1985年の「小公女セーラ」から1993年の「ナンとジョー先生」まで。1978年の「ペリーヌ物語」以前は、カルピスが単独スポンサーだったため『カルピスこども劇場』『カルピスファミリー劇場』などの冠がついていた。年齢層によって『カルピス劇場』と呼ぶか『ハウス劇場』と呼ぶかが分れる。ロンパースは『ハウス劇場』世代、カントクくんは『カルピス劇場』世代でしょうか。なお、画面に登場しているのは「フランダースの犬」の主人公ネロと愛犬パトラッシュであるが、同作品は『ハウス劇場』ではなく『カルピスこども劇場』としてスタートしている。
※3 【フランダースの犬】
1975年、日本アニメーションによって1年間のテレビアニメが制作され人気番組となった。原作はイギリスの女性作家、ウィーダによる同名の短編児童文学。ベルギー北部のフランドル地方、アントワープ近郊の農村を舞台とした、画家を夢見る貧しい少年ネロと愛犬パトラッシュの物語。最終回、放火の濡れ衣を着せられ、絵のコンテストにも落選したネロは、失意のうちに訪れたアントワープの大聖堂で、憧れのルーベンスの壁画を前に老齢のパトラッシュとともに息絶える。このラストシーンはTVアニメ史上でも最も涙を誘うシーンのひとつとして数えられている。日本では知らぬ人の少ない有名作品だが、ベルギーでの認知度は低い。しかし物語の舞台を訪れる日本人観光客が多いため、現地にはネロとパトラッシュの銅像や記念碑(日本語表記!)が建てられているそうだ。
※4 【ED曲「ほんとのキスをお返しに」】
今回のエンディング曲「ほんとのキスをお返しに」は1985年に放送されたTVアニメ「超獣機神ダンクーガ」のオープニング主題曲。シリーズ終盤に使われた2曲目のオープニング曲である。恋人未満として自分から去って行こうとするボーイフレンドに向けた、少女の捨てきれない恋心をうたった当時の典型的なアイドルソング。ただし、この曲の内容は番組のストーリーとはほとんど関係がない。「ダンクーガ」は異空間からの侵略者ムゲ帝国から地球を守る“獣戦機隊”の若者たちの青春群像を描く巨大ロボットアニメ。主人公たちが乗り込む4機の超兵器メカ「獣戦機」は、それぞれの機体が通常兵器(戦闘機や戦車)形態・ヒト型形態・獣形態と3種のモードに変形し、さらに合体して巨大ロボット・ダンクーガとなる。番組オープニングでは、主人公たちの派手なアクションポーズを挿入しつつ、獣戦機メカたちの変形&合体シーンが当時最先端の派手でトリッキーな作画でひたすらに描かれている。エフェクトを多用した、あまりにも激しいメカアクションと、軽いタッチのアイドルソングとのミスマッチ感が強烈で、当時様々な試行錯誤を重ねていた多くのロボットアニメの中にあっても異彩を放つオープニングだった。歌っていたのは当時売出し中だったアイドル歌手・藤原理恵。藤原は「ダンクーガ」のシリーズ前半のオープニング主題歌「愛よファラウェイ」が歌手デビュー曲だった。「ダンクーガ」では脇役ながらレギュラーキャラクターの声優として出演もしている。ソロ歌手としてはヒット曲に恵まれなかったが、その後1990年に結成されたセクシーアイドルグループ「C.C.ガールズ」のメンバーとして歌やバラエティ番組で人気を得た。


【協力】
小林製薬株式会社/日本アニメーション株式会社

第四話 小笠原流

※1 【FEEL YOUNG】
祥伝社から発売されている女性向け月刊コミック誌。同ジャンルの最先鋭、と評価が高い。発売日は毎月8日(日曜・祝日の場合は7日)。 愛称は「フィーヤン」で、公式ホームページは「フィーヤン・ネット」。 読者層の中心は、アラサー女子。 2011年3月号より女性コミック誌で初めて、紙と電子雑誌の同時販売を開始した。
※2 【カントクくんの好き嫌い】
カントクくんの食べ物の好き嫌いが激しいことはとても有名です。乳製品、卵製品は結構好きですがそれ以外の肉・魚といった動物性たんぱく質はほとんど食べません。冷奴の上にのったカツオ節ですらNGです。ときどき「ベジタリアン」と紹介されたりしますが、それもまちがい。けっこう野菜嫌いで、タマネギやピーマンも嫌いです。きのこ類も「ばい菌だから」と食べません。(最近、トリュフを食べるとの証言があります。どうやら「高価だから」という理由らしい。)結婚前は、ホントにお菓子、酒粕(調理などせず、そのままモソモソと食べます)、UCCミルクコーヒーとかが主食だった様子。でも、一番よく食べてたお菓子は「サッポロポテト バーベQあじ」。あれれ、それって「お肉の味」が売り物じゃなかったけ?? え?好きなラーメンは「豚骨スープ」?他人には基準がよく分りません。形が見えなくなっていればいいのかもしれません。
※3 【いつもピザを注文してくれる制作の人】
カントクくんが所属するアニメ会社のプロデューサー補佐。ピザの注文をはじめ、カントクくんのお世話も仕事のうちか?美人なのに自覚が無く、いつもすっぴんなのがもったいない。
※4 【キャノンデール】
アメリカの自転車メーカー。子供用の自転車から、マウンテンバイク、ロードバイクまで幅広いラインナップを揃える。ロードバイクのフラグシップモデルSUPERSIX EVOシリーズはヨーロッパの強豪チーム、キャノンデール・プロサイクリングに供給されており、ペーター・サガンのゴールスプリントや、ヴィンチェンツォ・ニバリの山岳アタックなど、選手の活躍を支えている。
※5 【「仮面ライダー旧1号に変身!」】
仮面ライダーの誕生からすでに40数年、何十人もの「仮面ライダー」が生まれてきたが、カントクくんが最も愛するのは、やはり初代の仮面ライダー。藤岡弘(現・藤岡弘、)演じる本郷猛が変身する「1号」だが、この「1号」にはいくつかバージョンがある。近年の映画等に登場する1号は、明るい色調のマスクで体側に2本の白いラインが入っているもので、これは「新1号」と呼ばれている。しかしカントクくんが希望するのは、「旧1号」と呼ばれる暗い色調のもの。主演の藤岡が撮影中の事故で一時降板(そのために「仮面ライダー2号」が発案されることになった。)する以前の初期13話に登場する。革製のスーツを着ているような風貌で、新1号よりも細身の印象を受ける。ダイエット前のカントクくんのゆるんだ体型では着ることが出来ない、というわけですね。
※6【ED曲「青い地球」】
今回のエンディング曲「青い地球」はTVアニメ「銀河鉄道999(スリーナイン)」のエンディング曲。松本零士のコミックを原作に、1978年から2年半の長期にわたって放送された。不老不死の機械の体を求め、謎の美女メーテルと共に銀河超特急999号で旅を続ける少年・鉄郎が、さまざまな人々に出会い、様々な価値観にふれながら成長する姿を描く。「青い地球」は、旅の途上にあって亡き母と故郷に思いを馳せる鉄郎の心情を、アニメソングの第一人者ささきいさおが叙情豊かに歌い上げた名曲。
※7 【【特別企画】安野モヨコ・インタビュー】
Q.『監督不行届』の連載を始められたきっかけを教えて下さい。A.2002年頃 ストーリー連載を同時にかけもちをしていたので、回り切らなくなってきてたんです。それで勝手ながら「FEEL YOUNG」の担当編集者に休ませてくださいって頼んだら、ダメって言われて。押し問答を繰り返す中で「毎月8ページ描くなら、休んでもいい」って話になり、始まったのが『監督不行届』なんです。考えてみると休みにはなっていないんですが、ページが減るだけでも御の字でした。「8ページならエッセイマンガかな〜」と思いつつも、特にネタは思いつかなくて。当時ちょうど日常的なエッセイマンガが流行していたので、なんとなく流れで始めました。Q.夫婦の生活がテーマのエッセイマンガを執筆されて、何か苦労された所があれば教えて下さい。Aカントクが嫌がったら苦労したと思うんですけど、基本的に喜んでいたので大変ではなかったです。どちらかというとすごく協力的で(笑)インテリアの回(単行本第四話)で「ぶちこわしてないもん、かっこいいもん」ってカントクが言う場面を、普通の仕草で描いていたんです。そのネームを読んだカントクが「ここを、こういう変身ポーズにしろ」って、私のネームにポーズする自分の絵を描いてくれたこともありました(笑)Q.カントクがオタクで困る!ということがあれば教えてください。A.Amazonですね。毎日何度も商品が届くんですよ!私の仕事場が自宅もかねているから、宅配便の対応は私がしているのですが、せっかく集中したところに、荷物が来てイチイチ対応してると仕事にならなくて(笑)いつも私がそんな苦労をしているのに、この前、たまたま私が仕事の後お風呂に入ってた時に、2つ続けて私宛の荷物が来たので、カントクが対応してくれたんです。そうしたら「おまえの荷物ばっかり!」って文句を言われたんですけど、普段はカントクのばっかりじゃん!って言い返しました(笑)


(c)石森プロ・東映
【協力】
フィール・ヤング編集部/株式会社おやつカンパニー/キャノンデール・ジャパン株式会社

第参話 1ガンプラ=300円

※1 【レインボーマン】
1972年放映の変身ヒーロードラマ。インドの山奥で修行して、高僧ダイバダッタの魂を宿したヤマトタケシは7つの姿を持つレインボーマンに変身し日本を守る。敵「死ね死ね団」の首領ミスターKは、第二次世界大戦中に日本兵に虐待された過去を持ち、日本人を皆殺しにすることを至高の目標としている。麻薬や偽札など、日本人の心の隙を突く戦略も当時の世相であろうか。
※2 【食玩】
古くは1920年代の「グリコのおまけ」から歴史のある「おまけ」だが、近年は玩具メーカーが食品の流通でもおもちゃを販売する(つまりスーパーやコンビニに玩具をならべる)ための方便として市場が成長を続けている。特に1999年、海洋堂がプロデュースした「チョコエッグ」は、そのフィギュア(模型)としての品質の高さに誰もが驚き、それ以降、コレクターズアイテムとしての食玩がコンビニの棚にあふれるようになった。カントクくん世代の子供時代は、好きなキャラクターのオモチャはあってもなかなか(子供心にも)満足のいくクオリティののものは少なく、「カッコいいオモチャ」に対する飢餓感を持って育ってしまった。そのため、食玩にハマってしまうと大変なことになるケースが多く見受けられる。しかし、当初は「こういうのが欲しかったー」と喜んで「買い支えて」いたオヤジ達も、そろそろ捨てきれないオモチャのしまい場所に苦慮しているそうだ。
※3 【ジェットジャガー】
1973年公開のゴジラ映画第13作目「ゴジラ対メガロ」に登場するロボット。人間が作ったロボットだが、正義の心で自ら巨大化し、宇宙怪獣と戦った。このロボットを「カッコいい!」といえるのはカントクくんを含む一部の酔狂人なので、ずっと商品に恵まれなかったが、21世紀に入って素晴らしい出来のソフトビニル人形が発売された。
※4 【タイム・メカブトン】
1975年放映されたタツノコプロ製作のSFギャグアニメシリーズ「タイムボカン」に登場する主役メカ。巨大なカブトムシ型のタイムマシンで、陸海空万能の乗り物。偵察機テントウキや水中探査艇ヤゴマリンを収容する母艦でもある。姉妹機にバッタ型のタイム・ドタバッタン、クワガタ型のタイム・クワガッタンがある。
※5 【島本和彦】
「アオイホノオ」や「逆境ナイン」「燃えよペン」などで知られる熱血漫画家。ご自身も自作の登場人物そのままの熱いキャラクターである。実はカントクくんの大学時代の同級生でもあり、その自伝的マンガ「アオイホノオ」(「ゲッサン」にて連載中)では、若き日のカントクくんの様々なエピソードも多数描かれている。なお、「アオイホノオ」単行本1巻ではカントクくんと島本和彦の対談が巻末に収録されている。
※6【ガンプラ】
1980年夏にバンダイから発売されたガンダムのプラモデルは、それまでのキャラクタープラモデルとは一線を画し、中高校生以上の制作・鑑賞に堪える高品質なものだった。番組終了後に発売された、当時としては異例のキャラクター商品だったが、小学生〜大学生まで幅広い年齢層に大ヒットとなり、プラモデルの歴史を塗り替えた。「ガンダム」という作品自体が登場ロボットを「兵器」として描いたことがエポックメイキングであったが、この「ガンプラ」もそれをふまえて「○分の1スケール」というように、巨大兵器を模型化した「スケールモデル」の体裁をとったところに、ファンが熱狂したと言えよう。登場当時はガンダムも白一色で形成されており、色を塗らないとカッコよく作れないことがモデラー魂をくすぐったものだが、その後の金型成型技術の進歩により、より精密で洗練されたデザインの模型が、塗装の必要もなく、作りやすい模型として提供され続けている。現在では発売された種類は1000種類を超え、世界をマーケットとした広がりを見せている。1ガンプラ=300円という貨幣単位は、初期主力商品であった144分の1スケールの製品の多くが300円で販売されていたことによる。
※7 【仮面ライダーフィギュアコレクション】
「ロンパースによる「おもちゃの持ち込み禁止令」がしかれているため、自宅にはあまりコレクションを持ち込めない。厳選に厳選を重ねた上、ロンパースのメガネにかなった物のみが展示可能とされており、このライダー達はその一部。しかしもちろん、カントクくんのコレクションはここだけにおさまろうはずも無く、某所の書庫や仕事場の机の周りにも、ヒーロー物フィギュアやメカ物ロボット等があふれかえっている。現在も増殖中。
※8 【ウルトラブレスレット】
「帰ってきたウルトラマン」(1971)が左腕に装着している腕輪状の武器。剣や楯など様々な武器に変化する。宇宙大怪獣ベムスターに敗退したウルトラマンに、ウルトラセブンから贈られたもの(このエピソードは、それまでストーリー上関連のない別番組のキャラクター「セブン」を登場させた点で大きなエポックでもある)。カントクくんが入手したのは、金属製の忠実なレプリカモデル。
※9 【スマーティ】
美活 健活 妊活に汗をかくのと身体を温める2つの使い方!炭素遠赤共鳴波だから他とは違う!33年以上の信頼と実績の元祖温熱ドーム フジヤマスマーティは、ロンパースからトップアスリートの自宅をはじめ医療機関・介護施設まで様々なところで愛用されている。


(c)石森プロ・東映
【協力】
東宝株式会社/株式会社海洋堂/島本和彦/株式会社創通/株式会社サンライズ/株式会社バンダイ/株式会社フジカ

第弐話 ひとり ひとり

※1 【ゼンダマン】
1979年放映の「ゼンダマン」はタツノコプロ製作のSFギャグアニメ「タイムボカン」シリーズの第3作。ロンパースが歌っているのは挿入歌のひとつで、タイムマシンロボット、ゼンダライオンのテーマ曲。ゼンダライオンは蒸気機関車型なので胸に「4416」のナンバープレートを付けている(ライオンなので獅子〔4×4〕の16なんですね)。ゼンダライオンの声も演じている作曲の山本正之が歌っている。
※2 【ムスカ】
宮崎駿監督「天空の城ラピュタ」(1986)に登場する敵役。ロンパースが真似してるのは、物語のラストで飛行石の放つ光に目を射られたムスカが「目がーー!目がーー!」と顔を覆って苦しむシーン。
※3 【手塚治虫】
日本の漫画家、アニメーター、アニメーション監督、医学博士。戦争体験から生命の尊さを深く知り、医学の道を志し後年医学博士になるが、結局彼自身が一番望んだ職業を選ぶことになる。手塚治虫が創作した作品が、戦後から現代にまでつながる日本の漫画表現の基礎を作った。それまでの日本の漫画の概念を変え、数々の新しい表現方法でストーリー漫画を確立し、漫画を魅力的な芸術にした。同時にアニメーションにおいても、漫画におけるそれに勝るとも劣らない大きな足跡を残す。偉大な文化の創造者である手塚は、立ち止まることを知らず、常に大いなる開拓精神と飽くなき情熱と未来を見つめる確かな眼差しをもって、デビューから1989年の死去までその生涯を走り続けた。在命中から「漫画の神様」と呼ばれる。代表作「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「リボンの騎士」「ブラックジャック」など多数。
※4 【ガンダムをちょびっと全巻】
「機動戦士ガンダム」は1979年放映のTVアニメ。「ロボット」を「モビルスーツ」と呼称し、量産可能な兵器の一形態として扱ったことで、それまでのロボットアニメの常識を覆した。カントクくんの人生を決めてしまった作品の一つである。スーパーヒーローが登場しない深みのある人間ドラマや、リアルなSF設定などで、放映直後からアニメファンの熱烈な支持を得たが、関連商品の売れ行き不振などで早期打ち切りの憂き目をみた。しかし放映終了後、アニメファンからの根強い人気や、プラモデル(いわゆるガンプラ)の爆発的ヒットを背景に、劇場版や続編が制作され、以来、アニメのトップキャラクターとしての 位置を占めている。ロンパースは最初のTVシリーズ43話LD-BOXを毎晩連チャンで観つづけた。それは睡眠不足にもなろうというもの。
※5 【スペクトルマン】
1971年放映開始の巨大ヒーロー特撮番組。惑星Eを追放され、地球征服をもくろむ天才科学者・ゴリが送り込む怪獣たちを、ネビュラ71から派遣された超能力サイボーグ・スペクトルマンが迎え撃つ。当時の世相を反映して、公害を題材にとった怪獣が登場する。放映開始時のタイトルは「宇宙猿人ゴリ」だったがその後「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」さらに「スペクトルマン」と改題されていった。
※6【「お、お母さん」激動の昭和史 沖縄決戦】
カントクくんが敬愛する岡本喜八監督の、史実を基にした戦争映画。1971年公開。太平洋戦争末期、大本営に見放された沖縄守備隊が米軍の猛攻を受け、住民もろともに壊滅してゆく姿を強烈な迫真さで、しかし淡々と描く。ちなみにカントクくんは、岡本監督の直筆サイン入りレーザーディスクを家宝として保存しているという。
※7 【コブラ男】
「仮面ライダー」9話に登場する怪人。もちろんコブラ蛇がモチーフで、右手もコブラ。右手のコブラは人間を溶かす毒ガスを吐く。ライダーとの決戦場が猿島だった。
※8 【「ライダーキッ!!」】
言わずと知れた仮面ライダーの必殺技。この音声収録で山寺宏一さんの発音に、厳しい利テイクが何度も出された。いわく「山寺さんの発音は確かに藤岡弘(現・藤岡弘、)さんの演技なんですが、それは新1号の際の演技です。ここでカントクくんがマネしているのは、旧1号のシーンですからもっとこう・・・」
※9 【猿島】
東京湾、横須賀沖に浮かぶ無人島。住所は、神奈川県横須賀市猿島。「仮面ライダー」シリーズで、幾度かロケが行われた。江戸時代の末期から終戦まで、ほぼ一世紀のあいだ砲台が設置された軍事施設だった。その砲台跡地で悪の秘密結社「ゲルショッカー」の結団式が行われたことなどから、特撮ファンの聖地の一つとなっている。
※10 【おちゃめ神物語コロコロポロン】
1982年放映のTVアニメ。原作マンガの作者は、美少女マンガのカリスマ的始祖、吾妻ひでお。ロンパースとカントクくんが合唱している主題歌は、「タイムボカンシリーズ」の音楽で知られる山本正之の作詞作曲。可愛らしい女の子のボーカルと、山本自身のとぼけた合いの手が絶妙。


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第壱話 花園タックル

※1 【レッツゴーサザエさん】
アニメ「サザエさん」の挿入歌の一つ。歌っていたのはサザエさん役の加藤みどり。そのメロディは毎週の次回予告の際に歌詞なしで流れているので、誰しも聞いたことのあるはずの曲だが、歌える人は結構マニア。
※2 【タイムスリップグリコ】
江崎グリコから2001年に第一弾が発売されたおもちゃ付きキャラメル。1960年代に大人気だった「グリコのおまけ」を、海洋堂のプロデュースで復活させた
※3 【鉄人28号】
横山光輝原作のロボット漫画の元祖だった鉄人28号。1963年に製作されたモノクロのアニメが最もよく知られた「鉄人」だが、このアニメの単独スポンサーが江崎グリコで、当時の「グリコのオマケ」にも鉄人が入っていた。21世紀の「タイムスリップグリコ」のオマケの第一弾が「鉄人28号」なのは、これをふまえたものである。
※4 【チンパン探偵ムッシュバラバラ】
日本では1971年に放映された米国製ドラマの主題歌。作詞作曲とも日本人。カントクが思い出せなかった歌詞は、 「わるわるジイちゃんチンパンジイちゃん わるわるバアちゃんチンパンバアちゃん 真っ赤なおヒップけっとばせ けっとばせ」と続く。
※5 【仮面ライダー】
1971年に放映された特撮アクションドラマ。カントクくんの人生を決めてしまった作品の一つ。児童向け番組として、「悪の組織に改造された変身ヒーロー」というコンセプトで爆発的な人気を得て、その後のあらゆる等身大特撮ヒーローの元祖となった。「仮面ライダー旧1号」とは、主役の本郷猛を演じた藤岡弘(現:藤岡弘、)が事故により一時降板する前の姿である。その後の「仮面ライダー新1号」と比べ落ち着いた色調が特徴。カントクくんが「仮面ライダー」と呼ぶのは、この「旧1号」のこと。
※6【同人誌】
ロンパースとカントクくんの結婚式では、コスプレこそしませんでしたが、同人誌は本当に配りました。
※7 【イデオン(伝説巨神イデオン)】
カントクくんが敬愛する富野喜幸(現:富野由悠季)監督が「機動戦士ガンダム」に続いて制作したロボットアニメ。1980年放映。星間戦争に巻き込まれてしまった少年たちの逃避行を描く。低視聴率と関連商品の売り上げ低迷で、予定より一月早く打ち切られた悲運の作品だが、人気は根強く1983年には劇場版公開された。富野作品の最高峰と評する人も多い。オタクが引用したくなる名セリフも多数登場。カントクくんの人生を決めてしまった作品の一つ。
※8 【ミラーマン】
特撮ドラマ。製作はウルトラマンなどを手がけた円谷プロダクション。新聞社のカメラマン・鏡京太郎が、鏡に飛び込むなどして変身、巨大化する。光学合成と呼ばれる特殊撮影技術を用いた光線技の表現が多彩である。「ミラーナイフ」はミラーマンの必殺技のひとつで指先から放たれる光のナイフ。エコーのかかった効果音もカッコいい。 。
※9 【ブッコロス】
出典は、月刊アフターヌーン連載の不条理ギャグマンガ「ハトのおよめさん」 (通称ハトよめ)。作者はハグキ。 「ブッ殺す!」嬉しいときも悲しいときもこの一言で会話する。「はとビーム」はハトよめが口から出す必殺光線…などなど、解説はあまり意味がありません。
※10 【パンコパ】
アニメファンはアニメの略称にもうるさい。「ルパン三世カリオストロの城」は「カリシロ」。 「長靴をはいた猫」は「長猫」。「どうぶつ宝島」は「どたから」。間違ってはいけない。「パンコパ」は1972年公開の劇場版アニメ「パンダコパンダ」の略称。約35分の子供向け小品ながら、原案、脚本、画面設定は宮崎駿、演出(監督と同義)は高畑勲、作画監督に大塚康生、小田部羊一と、往年のアニメファンにとっては必見中の必見作品。続編に翌1973年「パンダコパンダ雨降りサーカス」がある。
※11 【宇宙戦艦ヤマト】
1974年放映のSFTVアニメ「宇宙戦艦ヤマト」は、今日のアニメ隆盛の礎となったまさに金字塔的作品。それまでお子様向けと決まっていたアニメを、重厚なストーリーと映像によって高年齢層の視聴に耐えるものとし、当時中学生だったカントクくん達の目を釘付けにした。「アニメファン」という人種を自覚的に覚醒させた意義は計り知れないものがある。これもまた、カントクくんの人生を決めてしまった作品の一つ。その後多くのテレビアニメや劇場版、実写劇場版が続編・リメイクとして制作されたが、カントクくんがロンパーズに勧めているのは最初のテレビシリーズ。
※12 【諸星大二郎】
漫画家。独特の絵柄で伝奇的作品を数多く描き、長編、短編ともに切れ味が鋭い。古事記や西遊記など古代伝承に題材をとった作品も多い。代表作に「暗黒神話」「妖怪ハンター」「夢見る機械」「孔子暗黒伝」など。1970年のデビューのベテランだが、現在も筆致衰えぬ新作を多数執筆中。


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